敬老の日

敬老の日の由来とは?いつから敬老の日に?などまとめ

2017/09/13

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すっかり秋の季節になり、9月の祝日と言えば敬老の日。

敬老の日をよく聞きはしますが、

『敬老の日の由来ってなんだろう・・・?』、『敬老の日、毎年いつなんだろう・・・?』

なんて思っている方多いかと思います。

今回は敬老の日はいつ?由来について詳しくまとめてみました。
 
 

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敬老の日の由来とは?

では、早速、敬老の日の由来から説明していきたいと思います。

敬老の日の由来には2つの説があり、

聖徳太子説と養老の滝説がありますが、

この2つの説は俗説と言われていて、

正しいものかどうかは、定かではありません。

聖徳太子説

聖徳太子は、推古天皇元593年、

大坂に四天王寺を建立した際に、四箇院の制をとりました。

四箇院とは、①敬田院②施薬院③療病院④非田院を表します。
①敬田院は、仏法の修行場で、簡単に言えば寺院のこと。
②施薬院は、薬草を植えて薬を調合し、病者に薬を施すところで、
今で言えば、薬局と言えば分かりやすいかと思います。
③療病院は、身寄りの無い病人を寄宿させ治療するところ。
今で言えば、病院と言えば分かりやすいかと思います。
④非田院は、身寄りの無いお年寄りや放置された子供を収容する場所。
今で言えば、孤児院や老人ホームのような施設です。

老人ホームの役割を果たしていた、非田院が建立されたのが

9月15日のことから、敬老の日に選ばれたと言われています。

養老の滝説

昔、美濃国に酒好きの年老いた父親と暮らす、孝行息子がいました。

息子の仕事は木こりで、収入もわずかでしたから

父親に満足するだけのお酒を飲ませてあげる事はできませんでした。

ある日息子が、山に入って薪を取ろうと苔に足を滑らせて、

谷間に転がり落ちてしまいます。

転がり落ちた先は、どこからとも無くお酒の匂いがしました。

あたりを見渡すと石の中から、水が流れ出ていて、

その水を汲んでなめて見るととてもおいしいお酒の味がしました。

喜んで、その水を持ち帰るとこれはいいお酒だと、父親大変喜んだそうです。

それからというもの、息子は毎日その水を汲み父親が満足するだけ

お酒を飲ませてあげました。

この話が、時の天皇である、元生天皇に伝わり霊亀三(717)年9月に

自らこの地を訪ね、その場所をご覧になりました。

天皇は、「これは、息子のこのうえない孝行を

天地の神がお褒めになったものであろう」と感じいり、

後に、その息子に美濃守という役職を与えたそうです。

それからそのお酒の出る場所は養老の滝といいました。

このことから、その年の11月に年号を霊亀⇨養老と改め、

元生天皇が、この地を訪れた時、その水で顔や手を洗うと、

肌がなめらかに感じ、痛むところを洗ったところ痛みは消え、治ってしまったというのです。

さらに、この水を飲んだり浴びたりしている人は、治らない病気もすべて治ったという話を耳にしました。

元生天皇は、後漢の光武帝の時にも

醴泉が湧き出しこれを飲んだ者は、病気がすべて癒えた。という話を聞いており、

符瑞書にも醴泉は美泉なり。

以て老を養うべし。蓋し水の精なり。と記されていることから、

元号を養老へと変更しました。このことは、養老改元の詔に記されています。

では、なぜそれが敬老の日に結びついたか?というと

元生天皇が、美濃国に向けて旅立ったのが9月中旬だったことから

多度山の美泉を見に行ったのが、

9月20日とされていますから出発した日がのは

その頃と推定され9月15日を敬老の日としたといわれています。

敬老の日になるまでの歴史とは?

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敬老の日は1947(昭和22)年兵庫県多可郡野間谷村(現在の多可町八千代区)で、

行われた敬老行事としよりの日が始まりとされています。

その主旨として、老人を大切にし、お年寄りの知恵を借りて村作りをしよう!という趣旨のもと、

1年のうちで気候がよく農閑期にもあたる(農作業がひまな時期)に天気も良い9月15日を野間谷村では、

としよりの日と定めて敬老会などを開かれました。

そして3年後の1950(昭和25)年からは、

兵庫県全体で敬老会が行われるようになり

この年から9月15日をとしよりの日にしよう!

という、県民運動が始まりました。

そしてこの県民運動は、翌年になると全国に広がり1951(昭和26)年には、

中央社会福祉審議会が9月15日を『としよりの日』としました。

また、21日までの1週間を運動習慣ともなりました。
 
 

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ただ、『としより』という表現が良くないと各地で議論が起こり、

1963(昭和38)年、老人福祉法制定に伴い

『としよりの日』⇨『老人の日』として定められるようになりました。

そこから翌年1964(昭和39)年から9月15日は『老人の日』と改称されました。

すると、その翌年に野間谷村から『こどもの日』や『成人の日』があるのに、

『敬老の日が無いのはおかしい!』という声が野間谷村からあがり、

政府への働きかけが行われてその結果、『老人の日』は、

2003(平成15)年に多年にわたり社会につくしてきた老人を敬愛し、

長寿を祝う『敬老の日』として制定され、国民の祝日に加わりました。

その後、敬老の日は9月15日で定着していましたが、

2001(平成13)年、ハッピーマンデー制度の実施に伴い9月の第3月曜日へと移行しました。

敬老の日が移ることにあたっては高齢者団体からの反発が相次ぎ、

このことがあったため、老人福祉法が9月15日は

老人の日含む1週間は老人週間と、改正されました。

今では、すっかり祝日が当たり前の敬老の日ですが

小さい村の運動から始まり、祝日になるまでの長い歴史があることがわかります。

敬老の日の由来まとめ

今回は、敬老の日の由来について詳しくまとめてみましたがいかがだったでしょうか?

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>>>【関連記事】敬老の日はいつから?敬老の日を何をしたら喜ぶなどまとめ

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>>>【関連記事】喜ばれる敬老の日のメッセージの例文とは?

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敬老の日は、歴史からくる説もあり、

話が繋がることから深い歴史があると考えられます。

また、今では、すっかり祝日が当たり前になっている敬老の日ですが、

小さな村から始まり今に至ることがわかりました。

知れば知るほど深いこの敬老の日

ちょっとした豆知識になるかもしれませんね。
 
 

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